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アマゾン神秘体験~過去と未来、そして…~

31 May 2011

南米アマゾン奥地での神秘体験
アマゾン神秘体験~希望の光~
アマゾン神秘体験~光と恐怖の狭間~             の続きです。




その日もまた、ろうそくの灯りが揺れる蚊帳の中でセレモニーは始まった。








前回恐怖心に負けた私は、今日こそはイク。


見れなかったら追加してでもイク。







と決めていた。








心地いい高さの枕を洋服で作るのにも慣れ


枕元には吐く用の桶、半分ほど水を入れたコップ、ペットボトル、


トイレットペーパー、すぐ使えるように適度な大きさにちぎったトイレットペーパー。


3回目にもなり、準備も一番いい状態に出来た。








それでも今日が一番緊張している、


鼻歌のような呪文の最中も、緊張し過ぎて軽く貧血状態のようにクラクラしていた。




シャーマンがいつものようにグラスにフーっとかけた息に








「お願いします・・・」








と祈る。






前回よりも少し多い苦いような酸っぱいようなアヤワスカを飲むと


前回の反省から、意識に集中した。


おそらく一時間ほど経った頃、コマ送りのように映像が見え始めた。














キタ・・・!














それは未来の私たちだった。




緑に囲まれた海が見える小高い丘に立つマイホーム。


なぜかそこが三浦半島だと感じた。


理想的な家には日本だけではなく、海外からの友人もたくさん訪れていた。


10歳になる長男はパートナーにべったり、お父さんっ子のようだ。


長男は優しく聡明で、まだ生後5ヶ月の妹の面倒をよく見てくれる。


その世界では顔が見えない。


ただぼんやりと人間の形がある光なのだが


不思議と年齢も誰なのかも分かるのだ。


リビングには友人の子供もたくさんいて、子供達は英語で会話をしている。


わたしは料理でお客様をおもてなしにするので大忙し。


どうやら主婦をしながらも、好きな仕事も出来て幸せそうだ。


パートナーは友人に囲まれ溢れんばかりの笑顔。


ずっと欲しかった家族を、友人を、仕事を・・・


絵に描いたような未来を、私たちは手に入れていた。














それはまるで映画のように、私の頭の中を流れ続けた。


その映画はドンデン返しも裏切りもなく、最初から最後まで幸せそのものだった。














気付くとイカローが始まっていた。


南国の唄のような独特の節を持ったイカローが今日は心地いい。


吐き気もない。














でも、もっと見たいものがある。


「 自分の使命 」。


それを知るためにアマゾンまで来たんだ。










もう一杯欲しい。


もっと見たい。


もっと・・・














「 sachi、あと30分してもう少し飲みたかったらもう一杯飲もう。」














あと30分・・・。


今、今欲しいのに30分は長い。


がっかり思いながらも意識に集中するようにする。


すると突然体が無重力状態になり、暗い穴の中をずっとずっとずーーーっと・・・




































































落ち続けた。


































































不思議なことに怖さはまるでなかった。






































どの位落ち続けたのだろう。






















気付くと明るい光の中にいた。


目の前には若い母が微笑んでいる。


愛に満ちたまなざしで生まれたばかりの私を抱き、見たこともない位優しい目をしている。


そこは暖かく、愛に溢れ、何の不安もない天国のようだった。
























「 お・・・お父さんは? 」




























そう問うと、若い父も現れた。


目がなくなる位細めて、愛おしそうに喜んでいる。


感じたことのない位、猛烈な愛のエネルギーを浴びて


幸せだった。


自然と涙が溢れてきて、愛を噛み締めた。


それは今の私の涙でもあり、生まれた時の私の喜びの涙でもあった。






































そう・・・これは私の生まれた時の記憶。






































産道を抜け、たくさんの愛に包まれて生まれてきた。


私は、自分で選んで両親の元にきた。


私は、生まれた時から信じられないくらいの愛を受けていた。


そして、生まれた私もそのことを理解していた。










それなのにすっかりその喜びを忘れた私は


分かっていたようで、何にも分かってなかった。


こんなにも両親は私を愛していたんだ。






































「 しあわせになれますように 」






































と付けてくれた名前、祥子。


その思いを28年経って、ようやく全部受け止められた気がした。


ただ 「 しあわせならどんな形でもいい 」 という両親の思いを


全身で浴びた。


私は今まで何にも、何にも・・・何にも分かってなかった・・・!


何度も辛くあたった。


ワガママもたくさん言った。


心配もいっぱい掛けた。


酷い言葉も・・・きっと何度も吐いた。






































ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・


そして感謝の気持ちでいっぱいになった。






































「 sachi、どうだい? 」






































シャーマンの声を掛けてくれるタイミングはいつも絶妙だ。


私が見た映像を話すと嬉しそうに頷いた。






















「 futoshi、君はもう一杯飲むかい? 」
























シャーマンがパートナーに聞くと、彼はこう答えた。


























































「 Estoy feliz. Por que , mi esposa esta feliz.」


僕は幸せなんだ、なぜなら彼女が幸せだから。


だからもう次はいらないよ。


























































つたないスペイン語に彼の思いがたくさん詰まっていて


とめどなく涙が溢れてきた。


その涙は闇に飲まれもがいたあの時の涙とはまるで別物の


アツイ、アツイ涙だった。






愛に包まれ生まれてきて、今もなお愛され続けている。


もうこれ以上何もいらない・・・!


もうこれ以上望むものは何もない・・・!!!






































「 futoshi、sachi。来年君たちの元に男の子が生まれるよ。」






































聞いてみると、私が見た映像をシャーマンも見ていたと言うのだ。


下の子は女の子で年が離れてた?と聞くと、そうだと言う。


これには驚いた。












来年?


来年ってもうすぐじゃない??


そう思ったら今度は笑いが止まらなくなってきた。


来年?来年だってさ!!












結局私が見たかった 「 自分の使命 」 は見れなかった。


でも、今はそれで良かったと思ってる。


知らなくていいことだってある。


知るには知るなりの意味があって


知らないには知らないなりの意味があるはずだ。


生まれた時から未来まで時空を旅して


何よりも、自分がどれだけ大切に想われてるかよく分かった。


そして来年には我が子に会えるって言うんだから言うことなしじゃない!


愛に生まれて、今もなお愛に包まれている。


それ以上何も必要ないし、


それ以上は何もない。








表面上忘れていても、魂の記憶はずっと残るもの。


身を持って体験した。


きっともうすぐ会える我が子が同じ体験をした時に気付けるように


今からたくさん話しかけよう。


そして、大きな愛で迎え入れよう。


私が感じた喜びを感じることが出来るように、幸せになれるように。












この体験のおかげで、パートナーと歩みながら人生を学びなさいと


諭されたような気がする。


先のことが分からなくても、彼とならやっていける。


幸せに生きていける。


愛をたくさん生み出せる。


本当に、それだけで十分。


ここまで来て良かった。












その後4回目のセレモニーは私だけ辞退した。












結局のところ、人生をひっくり返されただとか、生きる意味を知っただとか


大袈裟なことは何もなかった。








でもね。












「 過去を知るとか、未来を知るとか本当に大切なのはそんなことじゃないんだよ。


 本当に大切なのは、今を幸せに生きること。


 それだけなんだ。」












過去や未来を見せるシャーマンであるエディンソンは最後にこう言った。


エディンソンを選んで本当に良かったと思ってる。












私たちがアヤワスカで知ったこと


・・・と言うよりも再確認したことと言うほうが正しいかな。












私たちは出会うべくして出会った


この人生を彼と手を取り合い、生きていくこと


やがて生まれてくる我が子を笑顔にすること


そして家族と仲間と共に生きること












そんな普通のことが一番の幸せで

そんな普通のことが一番大切なのだ。












生きる意味?


幸せでいること

大切な人を幸せにすること


それでいいじゃない。










4回目のセレモニーを終えて、何一つ曇りのない澄んだ顔つきで彼がこう言った。




「 俺ね、分かったんだ。


  さちが幸せになれることをすれば、俺も幸せだって。」










私たちは同じ光を目指して、これからも歩いていく。


IMG_9691uyuniblog.JPG

Comment

こんにちは
webでアヤワスカのお話からこのblogにたどり着きました
2007年の冬に同じくエディンソンのもとでセレモニーを受けた者です

ブログ読ませていただきました
すごく眩しいような、胸が締め付けられるような気持ちというか
旅をしていた時の気持ちを思い出しました。
うまく言葉に出来ないんですけど

当時私は妊娠5ヶ月目だったんですよ
私は妊娠に気付いていなかったんですけどエディンソンは知ってたみたいです
次の年かな、友人がサンフランシスコに言ってあの二人
(↑当時恋人だった現旦那と一緒にセレモニーを受けました)
結婚して子供産まれたんだよといったら
『男の子だったでしょ』って言われたそうです


私が見ていたビジョンは、
実家の家を出るビジョンと 胎児のビジョンでした。
その時の赤ちゃんは、男の子で今は4歳になりました。(almaといいます)
ステキな文章にに会えたことを感謝します。ありがとうございました

30 Apr 2012 | yoshie adachi

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