ヒンドゥー教の大祭・クンブメーラ

15 Feb 2010

自然現象や祭りで


涙が出るほど感動したことって今までありませんでした。


思い出すだけで目頭が熱くなるほどの感動って味わったことありませんでした。


興奮して眠れないほどの感動なんて知りませんでした。


けど・・・私はそんな感動を知ってしまいました。


しかも1年間に2度も。


1度目が2009年7月22日、奄美での皆既日食。


皆既日食前はドキドキというかソワソワして、じっとしていられない位、


皆既が始まった瞬間は声にならない叫びをあげたほど感動の嵐に飲み込まれました。


終わった後しばらくは、全てを失ってしまったかのような喪失感で


まさに抜け殻状態でした。


2度目は、今回。


インド、デリーの北にあるハルドワールという街で行われた12年に1度、


3ヶ月半に渡って行われるヒンドゥー教の大祭、クンブメーラです。


この時期になるとハルドワールのガンジス河で沐浴をしようと


インド各地から巡礼者が集まり、ピーク日には1日1000万人が集まります。


今生の信心と業( カルマ )で来世の宿命が決まると考えるヒンドゥー教徒は、


繰り返す輪廻転生のカルマから解脱することを最終目標とし、


魂に積んでしまった罪や汚れを取り払うという意味で沐浴をします。


3年ごとに4つの聖地で場所を変えて行われるので、ハルドワールでは12年ぶりの


クンブメーラとなります。


インドに伝わる神話ではその昔、この世を作るための作業 「 乳海攪拌 」 をしている時に


秘宝がつまった壺が乳海の底にあると知り、神と悪魔でこぞって探したそうです。


その壺が出てきて悪魔が手にすると、神は策を練り壺を奪って悪魔から逃げ、


楽園へ向かって飛び、その楽園へ向かうまでの12日の間に4ヶ所で壺を置いて休み、


不老不死の薬 「 アムリタ 」 の雫をこぼしていった場所が


今回のハルドワールを初めとする、クンブメーラが行われる4つの聖地なのです。


神の1日が今の1年にあたるので、今のように12年に1度、4ヶ所でクンブメーラが


行われるようになったそうです。


インドがなぜ人を魅了して止まないかと言えば、インドという国が


政治の力を上回る宗教の国だからだと思います。


クンブメーラの主役のナーガ・サドゥーは山に篭り、裸で修行、生活している人です。


見た目は、長年髪の毛を切ることをしないので足の先以上に長いドレッド、


シヴァを信仰するサドゥーで、シヴァに習い灰を体に塗っているので


目だけがギョロっと眼光鋭く、同じ人間とは思えないほどです。


「 バクシーシ 」 と言ってお金をねだるサドゥーもいますし、


日本では乞食かホームレスという言葉で片付けられてしまいそうな風貌のサドゥーが


インドではこうやって世界最大級の祭りの主役になってしまうのですから


完全に政治が宗教を上回ってしまってます。


当日、待ちに待ったこの日をどこの場所で見たらベストかと、前日の内に予約していた


リキシャーに乗り、一睡もせず夜も明けぬ内から移動を始めました。


日中は20度を上回り、歩いたら少し汗ばむくらいの気温も、山間のこの土地では、


深夜になると吐く息も真っ白です。


クンブメーラの舞台であるガート( 沐浴場 )の周囲数kmは交通規制がかかり


凍えるほどの寒さにも関わらず、ガートのかなり手前で降ろされてしまいました。


リキシャーの運転手は 「 あと500mだ 」 と言うので、みんなして


「 インド人の言う500mは、3km以上だね 」 と、初めからけっこうな距離を歩くことを


覚悟して、押さえ切れないドキドキでいつもより足早にガートへ向かいました。


道中にはたくさんの巡礼者が闇に紛れ頭から足の先まで全身スッポリ毛布にくるまり


寝ています。


すっかり冷たくなった体を温めたくてチャイ屋さんに立ち寄ると、温かいチャイを両手で包み


冷たい頬に当て、少し飲んではまた頬に当て・・・と2杯も飲むとすっかり体が温まり、


まだしんと静まる街とは裏腹の騒がしいほどのドキドキを抱え、また歩き始めたのでした。


それから30分くらい歩いたのでしょうか。


にわかに街の騒がしさを感じ、道には石灰で順路のような印が書かれています。


ガートが近くなって来たようです。


警察官に場所と時間を確認をして、またしばらく進むとガンジス河に辿り着きました。


そこに立ってビックリ。


2~3kmほど先のガート周辺の建物がイルミネーションで飾られています。


その姿は宗教儀式とは程遠く、まるで日本のクリスマスのようです。


インドならではの混沌とした空気の中での祭りをイメージしていたので、


いつもだったら嬉しいはずのこのイルミネーションも、どの都市よりも綺麗に整備された道も


今日ばかりはなんだか残念です。


道の舗装は適当でボコボコ。イルミネーションで飾ってもちっともセンスがないのが


インドらしいのに・・・。


綺麗な土手沿いをイルミネーションに向かって歩くと、ガンジス河の意外な程の


急流に驚かされました。


闇に目を凝らすと、沐浴中に流されないように鎖が各所に設けられてます。


イルミネーションに近づくと、深夜3時にも関わらず溢れかえるほどの巡礼者たちが


我れ先にと沐浴をしています。


男性はパンツ1枚に裸足で、少しも躊躇わず先ほどの冷たい急流で体を清めます。


3回頭までもぐり、祈りを捧げると、流されないように鎖に摑まり川から上がってきます。


その姿は罪を全て洗い流したかのように満ち足りていて、寒さを微塵も感じさせません。


もちろん1人だけではなく、数え切れない程の巡礼者が同じように沐浴し、


来世への期待を抱き、満ちた顔であがってきます。


何かを信心深く信仰していないわたし達には、絶対感じることの出来ない想いを抱えて


ガンジス河に身を浸し、今生の罪を祓い、彼らは来世の幸せを願うのです。


夜明けまで時間があるので、辺りを歩いていると


「 サドゥーがいるテント村が近くにある 」 と聞き、夜明け前にも関わらず


沐浴に向かう人たちをかき分け、反対方向にあるテント村を目指しました。


少し歩き警察官がいる入り口を通ると、難民キャンプのようなテント村が現れました。


終わりが見えないくらい広く、整然とテントが広がっています。


テントの隙間から中をのぞくと、寝ているサドゥーもいますが


今日この日のために、丹念に灰を体に塗っているナーガ・サドゥーがたくさんいます。


この灰は彼らにとっては大切な大切な化粧で、数時間かけて塗るそうです。


吐く息も白いこの気温で裸の彼らを見ていると、見ているだけで寒くなってしまいますが、


肝心の彼らにはそんなことが関係ないかのようにただそこにいます。


神のご加護を受けている彼らには、聖なる灰一つで十分なのでしょうか。


目が合い、手を合わせて会釈するとサドゥーも同じようにしてくれます。


それに安心し、あるテントの中から穏やかそうなサドゥーが手招きしているので


怖いの半分、好奇心それ以上で靴を脱ぎテントの中に入り正座してサドゥーの前に座りました。


このサドゥーの位が高いのがよく分かるのが、お付きの人が2人いることです。


英語が話せないサドゥーでしたが、どうやらチャイをご馳走してくれるようで、


サドゥーに命じられ、お付きの1人がわたし達のチャイを作り始めました。


テントの中で焚き火をしているので、テント中に煙が立ちこめ


目がまともに開けていられません。


ひたすら同じメロディーとリズムの宗教音楽らしきものが流れています。


頂いた温かいチャイでまた体を温めると、居心地の良さにすっかり


重くなってしまった腰をあげ、お礼を言っておいとましました。


テントを出ると夜明けが近くなって来たのが分かる空の色で、


ほとんどのサドゥーが起き、それぞれに準備を始めています。


そろそろわたし達も陣取らなければならないと、テント村を離れ道に戻るとまたもやビックリ。


数10mおきにゲートが設けられて、警察官がそれ以上に入らせないように人々を


追い払ってます。


しかし、その先にガートがあるので進まなければならないのです。


警察官も本気でしょうが、わたし達の方がもっと本気です。


だって、このためにアジアの反対側から来たんですから。


喧嘩したって仕方がないので 「 必殺!英語分からない振り 」 で、困った顔をして


日本語であっちに行きたいと伝え、ニコっ!とすれば完了です。


よくインド人相手に怒っている人もいますが、喧嘩は何も生まないので


1に笑顔、2に笑顔!お互い気持ちの良いやり方ってあると思います。


でも警察官相手にもこれで通用しちゃうからインドが好きです。


賢いともズル賢いとも言われ兼ねないこの戦法で、みんなが立ち往生するゲートを


何個もくぐり抜け、元のゲートに戻ってビルの間の狭く汚い急な坂を上り、


ガートを上から見られるビルの屋上の絶景ポイントを押さえたら


あとは、警察官に見つからないように看板のかげに隠れひっそりと始まるのを待つばかりです。


朝の冷えは深夜以上に厳しく、持ってきたブランケットにくるまり


急激な眠気に瞼が絶えきれず30分くらい仮眠をとって目を覚ますと、


その時が近くなってきたのがよく分かります。


道に広がる人を全てゲートの外へ払いのけ、いかにも強そうで怖そうな警察官や自衛団が


人の侵入をガードしています。




そして・・・


ちっとも音が合ってない下手な楽団の演奏と共に、


まずはオレンジの袈裟をまとったサドゥーがガートに入場し始めました。


綺麗に掃除してあるガートがみるみる内に袈裟の鮮やかなオレンジに染まったかと思うと、


オレンジの色が灰色に飲み込まれて行きました。




ナーガ・サドゥーです。




そのオレンジが灰色に飲み込まれて行く姿、


ナーガ・サドゥーたちの力強くあげたコブシ、


そして目に見えるほどの、人知を遥かに超えたエネルギーに




嗚咽が出るくらいの涙が溢れ、




震え、




身動きが取れなくなってしまいました。




怖い・・・。




そう感じてしまいます。


これが宗教の力。


神は実在しなくても、彼らには神が生きている。


信じるものだけに、見える世界があるということです。


ナーガ・サドゥーたちが広いガートに横一線に広がるとついにその時です。


身に着けていた花飾りを聖なるガンジスに捧げ、一斉に奇声をあげ、


走ってガンジスに浸っていきます。


何度も繰り返す輪廻の中、この日を待ちわびていたかのように


次々とサドゥーがガンジスに溢れていきます。


沐浴とは言いがたい・・・ただただ本当に嬉しそうにガンジスを味わい、


そしてはしゃいでいるのを見ると、なんだかかわいく思えてしまいます。


上からの光景を十分に堪能したので、今度は間近で見るために下に降り


警察官に押しやられながらもいい位置を探し、喚声があがるのでその先を見ると


右手をあげたサドゥーが。


この右手、やせ細って変形し、爪も伸び放題で黒く巻いており、明らかにおかしい。


そう。このサドゥーこそ 「 右手をあげ続ける修行 」 をしているサドゥーなのです。


苦行をしているサドゥーがなぜ敬まわれるかと言うと、


ヒンドゥー教徒には4つの住期段階があり、それぞれの段階でこなすべき目標と義務が


設定されています。


12歳以下は一人前としてみなされず、それ以降にこの四住期に入るそうです。


第1段階が学生期、第2段階が家住期で、結婚して家業を繁栄させ男子をもうけ


先祖の祭祀をたやさないことが重要とされます。


第3段階は林住期で、荒野や林に住み質素に禁欲生活を行います。


第4段階は遊行期で、住まいを捨て最終目標である解脱を目指し遍路をするそうです。


多くのヒンドゥー教徒は第2段階までにしか進めないので、


住期を変え、出家し、修行を積むサドゥーに対し


自分は苦行を積むことが出来ないので、サドゥーを敬うのです。


今回の主役ナーガ・サドゥーは、普段は人とは一切触れ合わない山奥での生活をしています。


ヒンドゥー教徒たちにはもはや神の化身のような存在なのか、


ナーガ・サドゥーには特にひれ伏します。


ナーガ・サドゥーの目は


今まで街中で見てきたバクシーシを求めるサドゥーの目とはまったく違って


わたし達には見えない何かを見ていて、その眼光に恐怖を感じながらも


目を逸らすことの出来ない彼らの姿に釘付けになり


宇宙を巻き込むほどのそのエネルギーにただただ負けないように


見ているだけで精いっぱいでした。




いつの間にかすっかり日が高くなり時間が随分経ったことに気がつくと


忘れていた疲れがドッときたので、汗だくになりながらまた元来た数kmの道を歩いて


帰ったのでした。


帰ったあと、疲れ過ぎていることもありましたが


興奮が覚めず、まる2日寝てないのに眠れずにいました。


あの感動を思い出してはポーっとし、涙が出てきて、少し俯き・・・。


どれだけの衝撃だったのか、時間が経つにつれて更に強く実感するのでした。




神々さえ参加していると言われたあの瞬間にいることが出来たのは、


ヒンドゥー教風に言えばこれが今生のカルマなのか、


もしそうなのであれば私のカルマはとても幸福で、


前世の自分と神様に感謝をするばかりなのでした。


IMG_9533sachiindia.JPG

Comment

いや〜すばらしい!
読んでるだけでも、なんとなく空気感が伝わってくる。
宗教ってなんかうさんくさかったりするけど、
そんな次元でとらえられないってことを考えさせられたよ。
とにかく無事にすばらしい体験ができてよかったね!

16 Feb 2010 | nonsan

nonsan
日本を出ると、否が応でも宗教が目の前をかするし
その国にいる以上最低限のことを知っておこうと宗教を勉強し始めると
今まで訳も分からず見ていた日常が紐解けてとてもおもしろいよ!
警官にもサドゥーにもバッシバシ叩かれるから、
クンブメーラに行くこと自体心配されたけど、行って良かった!
みんなにも見て欲しいな~

16 Feb 2010 | Sachi

はじめまして。私も昨年9月にハリドワールを旅しました。
この祭りの話は聞いていましたが、これほどまでにすごいとは!
読んでいても、その緊張感がビシビシ伝わってきました。
夕方でも結構寒いのに沐浴しているインドの人たちを、
すごいなぁと感心したことを思い出します。
インドにいると目に見えないものの存在が当たり前のことに思えてきますね。

18 Feb 2010 | sapuna

sapunaさん
はじめまして!
少しでも味わっていただいて、とっても嬉しいです!!
クンブメーラ時期のハルドワールは特に巡礼者がごった返していて
ハリキパイリーには沐浴を待ち、列をなしている程です。
わたし達日本人には共感することの出来ない思いを抱え聖なるガンガーで
身を清める姿や、サドゥー達の狂喜狂乱の姿・・・
日本で感じていた宗教観とはまったく違って、ずっとずっと長い間
根付いていて、神様は本当にいるんだなぁ・・・と感じますよね。

18 Feb 2010 | Sachi

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